ヴェネチアン•ポートと呼ばれる港の周りには、どこか薄汚れているけれど、愛着のわく色合いの桃色や水色のカフェやレストランが、積み重なるようにぎっしりと並んでいて、道沿いにテーブルを広げ、大きなパラソルの下に、どこの店も賑わっている。その一角に「アンフォラ」はあった。
料理が運ばれてくると、細く痩せた猫たちがテーブルの下にやってきている。料理を食べていると、私の手もとを、シュッ、シュッと小さな猫の手がスイングする。日本にいたら優雅に暮らせるであろうシャム猫も、必死に飛び上がっていた。
ギリシャ風サラダ、ズッキーニとポテトのグラタン、カルツーニャ(ミジィトゥラというチーズとほうれん草のパイ)、そして、ラムの煮込みリゾット添えに渋味のあるギリシャの赤ワイン。ふと気づくと、隣のテーブルに海の男のようなどっしりとしたおじさんが座り、何も注文せず、新聞を読んでいる。不思議に思っていると、日本人の私が珍しいのか、向こうから話かけてきた。ドクター•ニキタスと同じように、温かく、威厳のあるこの人は「アンフォラ」の主人だと名乗った。ご主人はいつの間にかいなくなってしまったが、注文をしていないデザートや食後酒が、ボーイさんのウィンクとともにテーブルに運ばれてきた。
日が沈むのは9時。海水浴や遺跡巡りで日焼けした体を休めると、ここからまだ長い夜が始まり、ヴェネチアン•ポートの先にある野外劇場も賑わいだす。
夜風が静かに衣装を踊らせ、私の舞台はなんとか無事に終わった。今回のお土産は、ワインにオリーブオイル、蜂蜜。どれもが大きなビンや缶に入っていて重い。両手に掲げた袋の重さを苦笑しつつも、クレタ島ハニアの青い空を思い返していた。
(文&写真•うずみ 舞踏家)
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